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2015/04/18 (Sat) 13:03

九十し


◆ローマ2:19〜23

また、知識と真理の具体的な形として律法を持っているため、

盲人の案内人、やみの中にいる者の光、愚かな者の導き手、

幼子の教師だと自任しているのなら、

どうして人に教えながら、自分自身を教えないのですか。

盗むなと説きながら、自分は盗むのですか。

姦淫するなと言いながら、自分は姦淫するのですか。

偶像を忌み嫌いながら、自分は神殿の物をかすめるのですか。

律法を誇りとしているあなたが、

どうして律法に違反して、神を侮るのですか。

---------------

CSの教師をして、2年目になっています。

今年も足らない私に、子どもたちの心を育てる

CSの奉仕を与えて下さった神様にただ、感謝しています。

主が私の主になってから、私はもはや自分自身の為だけに生きるのではなく

子どもたちをはじめ、多くの愛する人の為に用いられる「生きる価値」を頂きました。

自分のためだけじゃない体になったからこそ、「責任」を自覚しました。

私は子どもたちと御言葉を通して今、心を育てています。

しかし教師である私自身、守れない御言葉も多くあって、課題が大きい。

子どもたちには「こう書いてあるし、守ろうね」と言いながら

自分は守れていない。そんな御言葉も多く有ります。

それに気づく時に、毎回、神様は私にCSを任せた理由を悟らせてくれます。

『幼子のように純粋に、学びなさい。吸収しなさい。足らなさを喜びなさい。

教師という位置に立っているけれど、子どもと同じように、生徒になりなさい』

私は毎週、こんな御言葉があるよ。と伝えています。

しかし、伝える私も、神様から学んでいるのです。

CSがより豊かになる教会にしたい。

子どもから学ばされる教会にしたい。

だから、私はもっと、心を砕いて、御言葉に信頼して、守っていきたい。

備え日である今日、この思いを再確認。うん。
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